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映画、ビデオの話題。

 ■ 溝口健二は本当に世紀の名匠か?

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Mar. 20, 2009, 03:16:49


雨月物語

●1953年/日本/大映
●監督● 溝口健二
●脚本● 川口松太郎、依田義賢
●原作● 上田秋成
●音楽● 早坂文雄
●撮影● 宮川一夫

京マチ子(若狭)、森雅之(源十郎)、田中絹代(宮木)、水戸光子(阿浜)、小沢栄(藤兵衛)、毛利菊枝(右近)
http://www.amazon.co.jp/%E9%9B%A8%E6%9C%88%E7%89%A9%E8%AA%9E-DVD-%E6%BA%9D%E5%8F%A3%E5%81%A5%E4%BA%8C/dp/B000VRRD34

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Mar. 20, 2009, 03:24:35


雨月物語

http://www.youtube.com/watch?v=GbZff17UCg8&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=0
http://www.youtube.com/watch?v=ncCTAuh_voU&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=1
http://www.youtube.com/watch?v=nXzb8tLaNgM&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=2

http://www.youtube.com/watch?v=L8wgawni0mc&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&playnext=1&playnext_from=PL&index=3
http://www.youtube.com/watch?v=Q_49cz25NoY&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=4
http://www.youtube.com/watch?v=97mznXilLHg&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=5

http://www.youtube.com/watch?v=7QP2X7Ozntk&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=6
http://www.youtube.com/watch?v=7NArhv9vHV8&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=7
http://www.youtube.com/watch?v=-f0G6bSF_bE&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=8


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Mar. 20, 2009, 03:25:55


'08年2月25日は、日本映画を代表する名キャメラマン宮川一夫の生誕100周年記念日。

歴史に残るそうそうたる名作群を支えた映像の名手だが、最大の代表作といえば

溝口健二監督の 『雨月物語』 ('53大映)に尽きる。

怪奇幻想物語の古典を題材にしたモノクロの映像美は、日本映画のひとつの頂点だ。


戦国の世、それぞれの欲望に翻弄される2組の夫婦の物語…。


とくに主人公(森雅之)が謎の美女(京マチ子)に溺れていく「朽木屋敷」の場は、

どこをとっても幻想美の極み。

ひと部屋ひと部屋 灯かりがくべられていく奥行きのある照明の演出、

どこかモダンな市松模様のふすまや、錦糸の1本1本まで映えようかという きらびやかな衣装、

そしてそして、ふたりが戯れる外庭の超俗とした空気感! (写真)


それは「伝統的な和」の美というより、国内外の最新技術を貪欲に取り入れた映画職人たちの

ほとばしる才気のフィルターを通した「進化する和」の美。

(日本的というなら、もっと俗気たっぷりのチャンバラ劇や人情現代劇のほうがふさわしい)

照明 岡本健一、美術 伊藤熹朔、衣装 甲斐庄楠音、そして撮影 宮川一夫…、

鬼才・名匠たちによる「ほんもの」の技だ。


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Mar. 20, 2009, 03:27:13


もうひとつの名場面「霧の琵琶湖」での、深い霧の中から小舟が浮き上がるように現れる瞬間は、

えもいわれぬ幽玄の魔術に言葉を失ってしまう。

http://blogs.yahoo.co.jp/nacchann0904/53751468.html

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Mar. 20, 2009, 03:29:16


『雨月物語』(1953) 
光と影の織り成す死の物語。溝口健二監督の代表作

黒澤監督が『羅生門』によってベネチア映画祭の金獅子賞を取った翌年に、同じ大映から製作された溝口健二監督の3年連続ベネチア映画祭受賞作品となったうちの一本です(1952年の『西鶴一代女』の監督賞、1953年の『雨月物語』、1954年の『山椒大夫』での銀獅子賞)。

 次の『近松物語』も素晴らしい出来栄えですが、出品した時に当時の大映の社長の永田雅一がフランス語をバカにする発言をヨーロッパでしてしまうという失態のために4年連続はありませんでした。

 それはさておき、この作品は『羅生門』との類似性がとても多く見られる作品でもあります。製作責任は永田氏、会社は大映、音楽は早坂文雄さん、撮影は宮川一夫さん、出演は京マチコさん、森雅之さんなどなど。設定を少し変えれば続編としても繋がるのではないかと思うほどです。

 内容はいわゆる怪談物であるためにとても暗く、陰惨としていて身の毛がよだつような描写も多々あるのですが、嫌味が無く大変美しい作品に仕上がっているのです。恐い話なのです。寒くなる話なのです。

 でも圧倒的な美しさが我々見るものを包み込んでくれます。ここでいう美しさとは単純なそれではなく、「構図」と「撮影技術」の卓越からくる美しさです。それは照明であり、音楽であり、演技であり、映画の要素が一体となって生み出すアンサンブルの美しさです。

 真剣に良いもの、より良いもの、そして最高のものを作ろう、世に出そうとする意気込みの素晴らしさ。



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Mar. 20, 2009, 03:29:40


特に素晴らしいシーンをいくつか。先ずは舞台となる長浜の武家屋敷でのワン・シーン。夜が近づき、屋敷の侍女たちが通路や部屋に明かりを灯していくところ。ホラー映画が陳腐に感じる恐ろしさと妖艶さが一体となっている素晴らしいシーンです。

 画面から「死」の匂いが漂います。ここでの宮川カメラマンは一世一代のカメラを見せてくれています。この作品の7割以上のシーンはクレーン撮影などに代表される移動撮影で撮られています。

 宮川さんと溝口監督の狙いは怪談物なので、この世のものとは思えない不安感を出したいというものだったようですが、見事にそれ以上の不安感と病的な躍動感を生み出しています。撮影の凄みを味わえる貴重な作品です。

 ワン・カット、ワン・カットで一時停止をして「写真」の美しさ、それも構図と色調の美しさを堪能して欲しい。止まった「写真」からでも溝口監督の撮りたかった人間の持つどうしようもない「情念」や「貪欲」、そして「業の深さ」が伝わってきます。

 もうひとつの素晴らしいシーンは屋敷での宴会シーンです。京マチコさんが舞うシーンでは彼女自身の美しさはもとより、音楽が映像を盛りたてていて、映画の基本の「音」、「映像」、「物語」のうちの「音」と「映像」の融合の妙を聴く事ができます。

 最初は美しく妖艶な雅楽の調べだったものが、地響きを思わせる亡き父の地獄からの呼び声に代わる時、緊張感が最高になり、しばらくドキドキしました。早坂さんは黒澤監督作品だけでなく、溝口監督作品でも引っ張り蛸で両巨匠に才能を搾り取られたためか、早世されました。

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Mar. 20, 2009, 03:31:08


ここでの地獄の歌はこの作品の中の恐ろしいシーンのなかでも一二を争う恐さです。音が映画に占める影響の大きさを感じられます。

 色調の美しさならば、森さんと京さんが裸で湯浴みするシーンの妖しい美しさ。むせ返るような女のにおいが画面から伝わります。エロティシズムとはこういうことです。

 溝口監督の偉大さを日本人全てに味わってほしい。彼の作品はスペクタクルです。一大絵巻なのです。監督本人も映画は最初から最後まで見たときに一巻の「絵巻物」でなければならないと宮川さんに口酸っぱく言われていたそうです。

 味わってはじめて良さが分かるもの、それが溝口作品です。人物を突き放し、冷淡に薄情に、救われることの一切無い厳しい作品を作る溝口監督。しかし根底には人間への悲しみと愛おしさが確かにあります。

 前述した50年代の3本とこの作品、それに『祇園囃子』、『お遊さま』、『折鶴お千』などは見て欲しい作品群です。
http://yojimbonoyoieiga.at.webry.info/200510/article_13.html

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Mar. 20, 2009, 03:35:20


源十郎と若狭の出会いからお化けの正体となって消えるまでに、京マチ子のメイキャップは3度変わっています。

参考にしたのは、金剛流能面です。今手元に能面の写真集は持っていませんが、最初は孫次郎と呼ばれる少女の能面であったことを覚えています。

 B琵琶湖の芒ヶ原のロケーションの後、オープンセットに繋がるのですが、そのオープンセットは直接セットの入り口へ繋がっているのです。ロケーションの後、朽木屋敷に繋がるのですが、まずセットの前に庭の木戸の入口があってオープンセットの庭関係は直接朽木屋敷のセット内の玄関へと繋がっているのです。

 Cロケーションの配光からオープンセットのやや夕景のライテングそれからセットへ繋がる。そのライテングは非常に難しいものです。照明技師の岡本健一さんと撮影の宮川一夫さんだからこそリアルな映像として撮影出来たのでしょう。

D芒野ロケーションから朽木屋敷の裏木戸がバタン、バタンと揺れています。そのバタン、バタン屋は私が担当していました。

E塀に源十郎と若狭と老婆右近の3人の影が塀に流れてセット荒れ庭の入口に入ります。

Fキャメラ位置は必ず溝口先生が指定されました。その後、ちょっと俯瞰やローとかのキャメラ操作の変化は宮川さんまかせでした。全部宮川さんまかせというのは間違いです。確かに宮川さんの芝居のつかみ方が上手でありましたから、先生からの余計な注文は少なかったというのが真実です。撮影はキャメラマン任せで芝居をつけるだけなら映画監督は要らないでしょう。そんなのは芝居だけの演出なら舞台監督で結構です。映画監督は要りません。

G角川ヘラルド映画制作、「溝口健二没後50年特別ディスク時代を超える溝口健二」の中で田中徳三氏は「溝口監督はカメラを覗かず、芝居だけを見ていた。カメラは、宮川さん任せであった。」と述べていますがそれは間違いです。キャメラの真横についたファインダーの後にはどのスナップスチールを見ても溝口先生の目が光っている姿が映っているはずです。小津安二郎監督のようにカメラマンを押しのけて直接レンズを覗く監督ではなかったのです。カメラマンのように直接レンズから被写体を見ていないのですが、キャメラの横に付いているファインダーから同じ映像を見ておられるのです。


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Mar. 20, 2009, 03:38:38


 セットの天井には、大型ライトを置く台とそれを運ぶ通路が走っています。それを“ガッショ”(どんな字を書くか解りません)と呼んでいました。祇園囃子の大ラストの撮影の頃溝口先生は“ガッショ”の上まで上られたのです。それは、カメラの位置を視る為です。“ガッショ”の上まであがられた監督を私は他に知りません。キャメラ位置を宮川さんまかせと言うのは間違いです。キャメラ操作は宮川さんの仕事です。
チーフ助監督には、スケジュール主体の制作部的助監督と現場主体の助監督の2種に分かれます。制作部主体も大切なのですが、田中徳三さんは制作部主体で現場へ出られる事は少なかったのでしょう。余談ですが、黒澤監督は、助監督時代制作スケジュールも現場関係も両方に素晴らしい方だったと監督新人協会(助監督の会)で聞きました。


12.<芒の庭の宴> スチール14

@寝室から岩風呂の終わり迄のシーンは観客の想像を期待してのカット割りになっています。直接的な表現を避けて観客の思考に委ねるのは自信と勇気と決断が要ります。観客の知性を信頼するからこそ出来るものです。

A岩風呂から芒が原の宴へのつなぎは、江戸中期の画家、尾形光琳の代表作「紅梅白梅図屏風」の感じです。この屏風は男女の睦み合った姿を秘めています。溝口監督より「その感じで撮って下さい。」と言われ私が美術全集を持って、宮川さんに届けました。紅梅白梅の絵を入れる



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Mar. 20, 2009, 03:41:08


17.<さまよう想い> スチール 19

@源十郎の身体の魔除けの凡字は甲斐庄楠音先生が書かれました。「もう一つだねー」と言いながら甲斐庄先生は首をかしげられていました。私、宮嶋が「先生…キララは…キララはどうでしょう…」「アッ そうだ!」と甲斐荘先生が言われました。

   “きらら”というのは、浮世絵の大首やらフルサイズの人物の背景に振る雲母粒のことです。この凡字がキラキラと光って神秘的な感じを出しているのは浮世絵版画からの発想です。

A 源十郎が朽木屋敷の縁側から庭へ転げ落ちる場面は、3回テストが行われました。2度のテストで3回目にオッケイとなりました。キャメラ位置は俯瞰です。先生はキャメラの横におられます。私は丁度芝居をしている森さんに近い位置に身を隠していました。3回目の本番の時森さんは縁側から敷石に転げ落ちた時“ごつん”と大きな音がしました。本番が済みOKになると、すぐ森さんの処へ駆け寄りました。

    森さんの頭に手をあて「森さん大きな音がしたし頭にコブができていまっせ」といって擦りました。森さんは「一生懸命になっていると何も自分では感じなかった。この監督さんは大変な大物ですよ。八ちゃんがんばりな」と言ってくれました。

    雨月物語までに吉村公三郎監督の組みで森さんとは2度ばかり一緒の仕事にかかわりましたのでよく知っています。森さんに教わった重大な芝居の事があります。

   「普通映画ではロングとか寄りとかクローズアップとかサイズを変えて観客の思いを引っ張り回すけれども、舞台のように客観ポジションだけでも舞台役者は芝居によってアップの手元足元バストのサイズ目元まで芝居によって観客の視線と意識を集めることが出来る。」と教わりました。溝口先生のロング演出を思い浮かべて下さい。


18.源十郎の帰宅

@源十郎が腑抜けのようになって自宅へ帰って来て、宮木の雰囲気とその見えない影に呼ばれて、家を廻るのです。又入って来た時、食事と夕餉の明かりをつけて鍋をかけ、生活のよそおいを作る仕事は助監督の仕事です。

    小道具係は助監督や美術部からの注文で道具は調えますが、それを設定して動くのは助監督の仕事です。芝居に関係するものですから、よその部は関係しないのです。その設定は友枝金次郎と私宮嶋がしました。

    ここの場面について田中絹代さんが後日語っておられた事を聞いたことがあります。「OKが出て森さんがホッとして近くのスタッフよりタバコを貰って口につけました。溝口先生は『御苦労さまでした。』と大満足な様子で森さんのくわえタバコに自分のライターで火をつけられました。」と絹代さんの話。その時のたばこは私が森さんに差し上げたタバコです。
http://tsune.air-nifty.com/miyajima/2007/06/post_2613.html


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